家系図で知る命のバトン。終戦直後の悲劇「三船遭難事件」を生き抜いた母と子の記録

三船殉難事件(三船草案事件)の航路と犠牲者数

皆さんは『三船殉難(じゅんなん)事件』をご存知でしょうか?

先日、家系図と向き合って33年という実績を持つ、おかわたかし先生の【家系学】の講演の際、偶然隣に座った一人の参加者との出会いによって、私はまた日本の歴史を学ぶ機会をえることができました。

本日は、その男性の母親が体験されたという「三船遭難事件」について、そして戦後すぐに起きたこの悲劇の中で、いかに命が繋がれたのかを綴りたいと思います。

終戦後も続いていた戦争と引き揚げの現実

昭和20年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾しました。
しかし、実際にはその時点で戦争が完全に終結したわけではありません。

正式な降伏文書が調印されたのは、9月2日。
それまでの間、旧ソ連(現ロシア)軍は、満州、朝鮮北部、樺太(サハリン)などへの軍事行動を継続していました。

その影響を直接受けたのが、
外地に居住していた一般市民の「引き揚げ」です。

軍人だけでなく、
女性、子ども、高齢者を含む多くの民間人が、
十分な安全確保もないまま、日本本土への帰還を余儀なくされていました。

昭和20年8月22日に起きた三船殉難(遭難)事件

昭和20年8月22日、
樺太から北海道・小樽へ向かっていた引き揚げ船3隻が、宗谷海峡付近で旧ソ連軍の攻撃を受けました。

この攻撃により、3隻のうち2隻が撃沈。残る1隻も大破しながら、北海道・留萌港へと到着。

この一連の出来事は、三船殉難事件、または三船遭難事件と呼ばれ、犠牲者は推定で1,708人にのぼり、その多くが、武器を持たない一般市民、特に女性や子どもであったと記録されています。

この事件は、後に歴史資料として記録されますが、同時に、数多くの家族の人生を大きく変えた出来事でもありました。

終戦後の混乱と情報遮断の中で起きたこの事件は、長く公に語られることが少なく、戦後、旧ソ連や継承国ロシアは公式に攻撃を認めておらず、また、日本政府も国籍不明の潜水艦とし、現在でも詳細が十分に知られているとは言えません。

引き揚げ船の中で生まれた命

隣に座っていたその男性は昭和20年8月21日生まれ。

三船遭難事件が起きる、まさに前日に生を受けた方でした。

彼の母親は、樺太から日本へ向かう引き揚げ船の船内で、彼を出産したといいます。

その船が攻撃を受け、多くの命が失われる中、
彼と母親は、奇跡的に留萌港へたどり着いた一隻に乗っていました。

上陸後、母親は三人の子どもと、生まれたばかりの赤ん坊を抱え、避難所までの道のりを約2時間歩いたそうです。

引き揚げ後の生活と、記録に残らない苦難

日本に戻った引き揚げ家族を待っていたのは、決して安定した生活ではありませんでした。

住む場所、仕事、食料。
すべてが不足する中で、引き揚げ者に対する偏見や冷たい視線も存在していました。

彼の母親もまた、そうした環境の中で子どもたちを育て、懸命に生き抜き、50代半ばでその生涯を終えたそうです。

こうした引き揚げ後の苦難は、公的記録や歴史年表には、ほとんど残されていません。

家系を通して知る「個人の歴史」と「日本の歴史」

彼は今年80歳を迎え、現在は8人の孫に囲まれながら、多くの経営者を支える立場として活動されています。

話の途中で見せていただいた、母との人生を振り返る自作の映像には、戦争、引き揚げ、そして戦後を生き抜いた一人の女性の姿が、静かに刻まれていました。

言葉では語ることのできない、
母親への深い思い、
自分が生まれてきた意味、
そして日本という国への複雑で真摯な思い。

画面を見つめながら彼が漏らした「母は苦労した」という一言に、私の胸は熱くなりました。

その一言の重みを、
今を生きる私たちが本当の意味で理解することは、きっと簡単なことではありません。

三船殉難事件という史実は、数字や年表で見れば過去の出来事の一つかもしれません。しかし、家系図を作っていく過程で知る『命がけで繋がれてきたバトン』は、今を生きる私たちに与えられた【命】について、大きな問いを投げかけてくれているように感じます。

おわりに

家系学を学ぶ中で出会った、三船遭難事件に関わった方の人生。 史実としての出来事と、家族の中で語り継がれてきた記憶が重なったとき、歴史は初めて「自分ごと」として感じられるのだと思います。

家系図を作るということは、日本の歴史とともに埋もれてしまった家族の物語を知り、「今自分がここにいることの奇跡」を確認する作業です。

会場を出た後も、まるで一本の映画を観終えたかのような深い感動が、今も私の中に残っています。この貴重な出会いと、語り継がれてきた命の記録を、これからも家系図サポートを通じて大切に伝えていきたいと思っています。

あなたの家系の裏側にも、まだ誰にも語られていない先祖の歴史が眠っているかもしれません。

「辿りびと」の家系図作成で、ともに調べ、ともに感じながら、あなたの大切な家族の史実に触れてみませんか?

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