約100年前。
日本による朝鮮の植民地支配、貧困、女性差別、家制度、そして天皇制。そんな時代のさまざまな権力や不平等に抗い、朝鮮人の社会運動家・朴烈(パク・ヨル)とともに生きた女性、金子文子。
婚姻関係にない両親のもとに生まれ、出生届さえ出されないまま、家族の離散や貧困の中で育った。
1923年、関東大震災直後に朴烈とともに逮捕され、皇太子(後の昭和天皇)を標的とする計画をめぐって大逆罪に問われ、1926年に死刑判決がくだされる。
その後、恩赦によって無期懲役へ減刑されるも、文子はその恩赦状を破り捨て、そのわずか数か月後、23歳の若さで亡くなった。
最期(1926年7月23日、栃木刑務所)については、公式には「麻縄で首を吊っての自死(縊死)」と発表されているが、現在に至るまでいくつかの不自然な点や疑問(他殺説・謀殺説など)が指摘され続けている。

壮絶な人生を歩んだ、一人の女性の死
この映画は、これまで空白だった死刑判決から死に至る、金子文子の最後の闘い「空白の121日間」を、残された数少ない短歌と共にを描いている。
文子が人生をかけて問い続けたこと、
それは
親だから。
男だから。
女だから。
日本人だから。
国家だから。
なぜ、それだけで人間に上下ができるのか。
その問いに対して、彼女は一貫して
『人間は、
人間であるという、その一点において平等である』と訴え続け、
その思いを、最期まで貫いた。

個として生きようとした女性
私は、映画を観たあと、
金子文子という女性に、なぜか「さん」をつけて呼ぶことができなかった。
誰かの娘でも、誰かの妻でもなく、一人の人間として、個として生きようとした人。
その女性には、敬意を込めて、
金子文子と、そのまま名前を呼びたい。
そんな気持ちになった。
100年前を生きた、23歳の女性の問い。
さまざまな権力や不平等への問い、
それは、100年経った今でも、私たちに投げかけられている課題である。

【映画館情報】
現在、神保町のミニシアター「シネマリス」で上映中。
10月8日(木)まで。
神保町駅A5出口から徒歩3分。
その他の上映館は公式サイトをご確認ください。
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